叡福寺近つ飛鳥にある叡福寺に行きました。山号は磯長(しなが)山、本尊は如意輪観音です。 宗派は真言宗系の単立寺院です。 「中之太子」野中寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「上之太子」と呼ばれています。 聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳があることで知られています。 写真の上の部部を良く見て下さい、拡大したら↓の写真になります。 『聖徳太子がこの地を自らの廟と決め、推古28年(620年)に墓所を造営。 翌年、太子の母 、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后が死去したのでこの墓に葬り、更に推古30年(622年)には太子と妃の膳部大郎女(かしわべのおおいらつめ)とが同時期に亡くなり、この同じ墓に葬られ、三骨一廟とよばれている』 とあります。 つまり、聖徳太子と妃の膳部大郎女と母 穴穂部間人が同時期に亡くなり、同じお墓に埋葬されているのです。 ここは、きれいなお寺です。 何度来ても心が落ち着きます。 我が家は何かあればここへ行きます。 受験のお願い、合格のお礼。 その他、いろいろ困った時にはここへます。 そして、頑張るので見ていて下さいねというと不思議と力が湧いてくるのです。 私は子供のころ法隆寺の近くで育ちました。 また、四天王寺さんにとても御縁があります。 そしてここ大好きな叡福寺。 三つとも聖徳太子様に関係が深いところです。 また、来ます。 そう言ってこ叡福寺を後にしました。 ジャンル別一覧
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